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    <published>2011-02-28T14:25:19Z</published>
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    <summary>February 12, com+position12 in Tokyo, lo...</summary>
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        <![CDATA[February 12, com+position<sup>12</sup> in Tokyo, loop-line<sup><br /></sup>Masafumi Ezaki <b>introduce (2008), 年譜（宇都宮幸／宇都宮春季</b><b>） (2010), 年表（ナゴヤドームにおける阪神×中日の考察</b><b>） (2011), 素数 (2010), しりとり (2010)</b><b><br /></b>Kazushige Kinoshita<b> </b><b>staccato variation θ (2009), </b><b>EXILE 
dance (2009), ugoromochi (2011)</b><br />Mitsuteru Takeuchi <b>longbow (2007), violin, trumpet and lingua (2010/2011)</b><br />]]>
        
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    <title>written by Mitsuteru Takeuchi</title>
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    <published>2011-01-11T13:29:33Z</published>
    <updated>2011-01-11T13:46:32Z</updated>

    <summary>「記譜の楽しみ」私が最初に作曲を始めたのは非常に安易で単純な理由からである。まだ...</summary>
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        <![CDATA[<b>「記譜の楽しみ」</b><br /><br />私が最初に作曲を始めたのは非常に安易で単純な理由からである。まだ即興演奏をしていた頃、当時の音楽的状況の影響というか、「off site composed music series」などのCDを聴いて、おもしろい、こんなやり方もあるんだ、と触発されて、自分でもやってみたいと興味を持ったからだ。言い方を変えればただ真似てみたのだ。<p>

即興演奏活動をしばらくして、だんだんと即興演奏が出来なくなっていった。私の演奏は電気的な音を素材として扱ったもので、音の質感を追求したものだった。演奏するということはすなわち決められた時間内にその音をどう配置していくことなのか、と考えた。そこから音楽の構造的な部分に興味を持ちだして、それならと構造だけを突き詰めた作曲を始めた。しかし、そのことと即興演奏が出来なくなったのはあまり関係がない気もする。そもそものパフォーマンスすることが嫌になったのが大きいような気がする。構成を考えながら、機材を操作しつつ、自分の音や周りの音を聴き、なおかつ時間の計算などもし・・・ということはとてもじゃないが一遍に出来なかったし、やりたくなかった。このあたりのことは色々とありそうだが、また項を改めることにする。</p>

しばらくして、作曲作品のコンサートシリーズを始めることになった。この頃から作曲に対する考え方も変わってきたと思う。まず一番悩んだのが、自分の考えを演奏者にどう伝えるか、ということだった。まず最初に考えたのは楽譜の作り方だった。どういう記譜をするか。これは「作曲とは何か？」という自問の解決の糸口になっているような気がする（この頃はそもそも、何を作曲したいのか、どんな音楽（作品）にしたいのか、コンセプトの部分はまだ不明瞭だったように思う）。つまり、何をどう伝えたらこれが起こるのか。音楽を作る上で何が必要なのか、必要でないのか。必要なものだけをどう具現化して、どう提示するか。この問題を自分なりに解いていったのが、最初の回のために作曲した「Long
Bow」だった。私はケージの定義した概念、「構造、方法、形態、素材」のその意味だけを残して自ら選ぶことを、偶然に決められることを、放棄した／したかった。そのようにして「発音のタイミング、音程は自由にしてください」というような指示を記譜することにした。演奏者自身に決めてもらいたかったのだ。そのようにしても自ずと音のある部分と無い部分が浮かび上がるのではないかと思った。音はなんでも良かった。<p>

ここで、「Long Bow」のコンサート時のことについて小田寛一郎が指摘した文章を引用する。</p><blockquote><p>

みつ君の曲はタイトル通りロングトーンによる構成。それぞれの音の関わり方が良い意味でさっぱりしていたように思う。嫌味がないというか。飽きそうで意外に飽きない。配布されたそれぞれの曲紹介のみつ君の文章に「これは作曲行為から、作家性からの回避である」とあったが、ある形式のみの楽曲であってもそれが作曲行為から、また作家性からの回避であることにはならない。なぜならその形式がいかなるものであれ、それを定めたこと、選んだこと自体が恣意的な作曲行為でありその行為は作家に帰属するものだからだ。どんな些細なことでも自分で選んだことは自分に属してしまうものでありどんな重大なことでも自分で選んでいないことは自分には属さない。こういう風にどんどん範囲を拡大すると矛盾に突き当たる。ある問いをある限定された範囲の中だけで考えることに違和感を感じるのは、あまりに厳密になり過ぎているからだろうか。と、ここまで書いてきてみつ君がその矛盾を意識していなかったわけではなくてあえてその地点に留まって表現の可能性を探っていて(実はそうするしか道はないのかもしれないのだが)ひょっとするとただ単に言葉としての表現の問題かもしれないと思ってきた。「これは作曲行為、作家性に関する難問についてのあるひとつの思考であり、私は楽曲のある形式だけを設定することにした。」とでも書いてあればそれはそれとして納得していただろう。それはそれとして、というのはあまり良いことではないがそれはそれとしてそういう風に納得していただろう。</p></blockquote><p>

「これは作曲行為、作家性に関する難問についてのあるひとつの思考であり、私は楽曲のある形式だけを設定することにした。」そういうことである。そういう意味のようなことを書きたかった。回避といっても全てから出来るわけではない。それは指摘されているように無理だろう。たとえ少しでも自分がなにがしかによって決定することから遠くに行きたかった。自分が何かを決定することなんて無意味だと思った。それは他者、作家性についても同じだった。自分が何かを決定するにあたり他者を参照したくはなかったのだ、それはひとりの作家として当然のことであるが。自分すら参照したくなかった。それは作家性というものを一度リセットして、自分から他者から離れたものにしたかった。偶然性というのもよくわからず、自分で決めているような気がした。形式を決めたことについては、これは決めてないとも言える。なぜなら、それは音楽なのだから。音楽のコンサートで、音楽の作曲ということなのだから、その時点でもうすでに決まっているのである。そういう意味においては「回避である」と言い切っても間違いではない。もう一度言うが、全てからではなく、少しでも少しでも離れることへ挑戦したのである。</p><p>

ここから指示書による楽譜が私の定番になった。思い浮かんだコンセプトを言葉にする、これが難しいのだが、しかし楽しい。書いていくうちに提示の仕方によって意味が変わったり、拡がりをもったりすることもある。タイトル決めも難しい。難無く決まるときもあるが、無題のこともある。「Long Bow」にしろ、何を持ってして「Long」なのか。今となっては改題したいが、別の意味で「大ボラ」というのもある。ある意味作曲しなかったのだから、ホラというのもありかもしれない。簡潔に美しく書けたときの楽譜はそのものだけでもアートだと思う。</p><p>

Manfred Werderの作品に「2005<sup>1</sup>」というものがある。その楽譜には「場所、時間、（音）」とだけ書いてある。単語だけで書いてある。何をどうしろという指示でもない。しかしその言葉から深く考えさせられ、それは十分に楽譜となっている。三つの言葉だけで音楽を表した、シンプル極まりない楽譜だと思う。いつかまたマンフレッドと楽譜や記譜について話してみたい。きっと楽譜やタイトルに対しての哲学を持っているはずであろうから。</p><p>

（2011.1.11に加筆修正した）</p>]]>
        
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    <title>et 2</title>
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    <published>2010-08-27T18:30:26Z</published>
    <updated>2011-01-23T12:45:26Z</updated>

    <summary>2010 November 5Masafumi Ezaki そば・うどん（仮）,...</summary>
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        <![CDATA[2010 November 5<br /><div><br />Masafumi Ezaki <b>そば・うどん（仮）, plays 素数 (trailer version), plays 東海道 (trailer version)<br /></b><br />
Mitsuteru Takeuchi <b>recording and playback</b><br /><br />guest: Kanichiro Oda <b>手紙（あなたがこの文章を読んでいるあいだが演奏）</b></div>]]>
        
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    <title>et 1</title>
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    <published>2010-08-19T06:58:48Z</published>
    <updated>2010-11-06T18:07:36Z</updated>

    <summary>2010 July 30Masafumi Ezaki kana ver.2, s...</summary>
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        <![CDATA[2010 July 30<br /><br />Masafumi Ezaki <b>kana ver.2, shiritori ver.3</b><br /><font style="font-size: 0.8em;">Mitsuteru Takeuchi, Takashi Kojima, Masafumi Ezaki (performance)</font><br /><br />Mitsuteru Takeuchi <b>fresco<br /></b><font style="font-size: 0.8em;">Mitsuteru Takeuchi (performance)</font><b><br /><br /></b>guest: Takashi Kojima <b>nancy</b><br /><font style="font-size: 0.8em;">Masafumi Ezaki (various instruments), Takashi Kojima (sounds)</font><br /><br /><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="et1_ezk.JPG" src="http://complusposition.futow.net/et1_ezk.JPG" class="mt-image-none" style="" width="448" height="299" /></span><br /><div><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="et1_kjm.JPG" src="http://complusposition.futow.net/et1_kjm.JPG" class="mt-image-none" style="" width="448" height="299" /></span><br /><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="et1_tk.JPG" src="http://complusposition.futow.net/et1_tk.JPG" class="mt-image-none" style="" width="448" height="299" /></span><br /></div>]]>
        
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    <title>written by Masafumi Ezaki</title>
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    <published>2010-07-19T08:34:53Z</published>
    <updated>2010-09-14T06:44:31Z</updated>

    <summary>「江崎將史の自曲解説その１」 江崎將史の自曲解説。というわけで、江崎將史のコムポ...</summary>
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        <![CDATA[<p><b>「江崎將史の自曲解説その１」</b><br /></p>
<p>江崎將史の自曲解説。というわけで、江崎將史のコムポジにおける自曲を解説。です。</p>
<p>さて、まずは先日は七月十三日に行われたコムポジ９より、</p>
<p>「　かな　」。</p>
<p>えー、まず各自奏者が文章ね、単語、台詞、など好きな物を選んで来る訳です。そーしておいて、それをアルファベットにやおら変換致します。ンで、あ
らかじめ江崎が用意しておいた、アルファベットの全てが、ドレミ...などとそれぞれの音に対応しておる表に照らし合わせましょう。</p>
<p>そおいった風に出来上がったひとつのメロディーといいましょうか、音列、これを奏者が端から、自ら選んだ奴を奏してまいります。</p>
<p>さて、注意すべきは予め、奏す文句ですね、これはコピーして関係者各位、お客様にお渡し済みであります。その文句の字面をそれぞれが目で確認する事
が肝要でありますな。</p>
<p>また奏すまえ、奏者は各自で選ってきた文句、これをば口上で軽く説明致します。そうしておいて初めて、自ら選んだ奴を奏することができるわけです
な。</p>
<p>ちなみに二００八年は七月十三日の昼下がりに行われた初演でのそれぞれの文句は、</p>
<p>木下和重（バイオリン）<br />「紗耶」、　「椿」、　「紗世」。<br />好みのモデルということで。</p>
<p>竹内光輝（フルート）<br />「時々、何かが起きる前に、何かが起きなければならない。」<br />クライフというサッカー選手の言葉ということで。</p>
<p>江崎將史（トランペット）<br />「シャンペイ」<br />水木しげる先生の「河童の三平」より、主人公の人間の方の三平、そのおじいさんが亡くなっ
て、すっかり気落ちしている三平。に、おじいさんの声色を真似て、いたずらをする、たぬき、のせりふでして。</p>
<p>以上コンポジ９より、江崎將史の自曲解説でした。次回をおたのしみにー。</p>江崎將史]]>
        
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    <title>written by Keika Miyake</title>
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    <published>2010-07-19T08:33:09Z</published>
    <updated>2010-09-14T06:44:31Z</updated>

    <summary>一方的に観ているのではなくて、観ている側も次はなんだろうと自然と一緒に考えたりし...</summary>
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        <![CDATA[<p>一方的に観ているのではなくて、観ている側も<br />次はなんだろうと自然と一緒に考えたりしていて、<br />はっとしたり、くすっと笑ったり、おもしろかったです。</p>
<p>今まで観て来てなかったものでした。<br />また観てみたいです。</p><p>三宅桂加（絵描き）</p><p></p>]]>
        
    </content>
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    <title>written by Kinya</title>
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    <published>2010-07-19T08:30:29Z</published>
    <updated>2010-09-14T06:44:31Z</updated>

    <summary>「com+positionからの挑戦状」 『さっぱりわけが分からない』か『いや、...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://complusposition.futow.net/">
        <![CDATA[<b>「com+positionからの挑戦状」</b><br />
<p>『さっぱりわけが分からない』か『いや、実に面白い』か。<br />江崎 將史、木下 和重、竹内 
光輝による作曲作品コンサートシリーズ『com+position』を体験してみれば、感想はたぶんこの真っ二つに分かれるだろう。</p>
<p>演者の一人、木下君と知り合ったのは高校の時だから、かれこれ二十年来の付き合いになる。その長い歳月の中で、折に触れ彼の音楽の変遷を見つめてき
た私にとっては、『com+position』における音楽スタイルが、様々な思索や試行錯誤といった道程を経てたどり着いたものであることは明白である
し、またそのことに深い感慨を覚えずにはいられない。彼とは何度も同じステージに立ち、デモテープを作り、やがて彼は即興を主体とした実験的音楽、私は
ポップミュージックという、一見対極の方向へ進むことになるのだが、"袂を別った（たもとをわかった）"という意識は不思議と全くない。表層的なスタイル
は真逆であっても、根底に流れる音楽への愛、衝動といったものは共通しているという意識があるからかもしれない。つまり、同じ時期に同じ土に蒔かれた二つ
の種が、全く違った花を咲かせたわけである。目に見える部分は表面的な現象に過ぎない。サン・テグジュペリの言葉を借りれば、"本当に大切なことは、目に
見えない"のである。どんな音楽をやっていても、やっていなくても、彼と私の人生の根底は常に"音楽"と"それを共有した時間"によって支えられているの
だ。</p>
<p>12/9にギャラリーカフェchef d'oeuvre（シェ・ドゥーブル） 
で行われた『com+position5』における彼の作曲作品「window 
music」は、特に印象深いものがあった。三人の演者は一旦会場の外に出て、そこから会場の中に向かって演奏する。聴衆は会場の中に留まったまま、そこ
から外の演奏を"聴く"ことになる。会場の中と外は建物の壁と、分厚く大きなガラス窓で仕切られており、当然ながら音は聞こえない。聴衆は三人が演奏する
様子をじっと固唾を飲んで見守るしかない。ある聴者は「音が聞こえたような気がした」といい、私は「ひょっとして音を出してるふりをしているだけではない
か？」という疑念にかられる。どちらの反応が正しい間違っているではない。"聞こえた気がした"というのはつまり、前の曲で聞いた音が記憶に残っていてそ
うさせたのかもしれないし、実際に外からの音が聞こえたのかもしれない。視覚だけではなく、聴覚にも"残像現象"が存在するのではないかという、新たな発
見がそこにはあった。そういった虚虚実実とした雰囲気の中で、緊張感のある濃密な時間が過ぎていく。道路を横切る車、通行人のいぶかしげな反応、時と共に
日暮れて薄暗くなっていく外の景色、そういったものがまるで彼らの為に用意された小道具であるかのような演出効果を見せ、演奏と渾然一体となっていく。</p>
<p>「window 
music」における彼らの演奏を一言で言い表わすならば、「時間を音で区切る」行為であると言えると思うが、彼らは演者と聴衆の物理的空間を会場のガラ
ス窓を利用して"区切る"ことによって、そこに新たなセグメントを創出させ、『com+position』のコンセプトをさらに一歩先のものへと進化させ
ることに成功した。</p>
<p>演奏者が外に、聴衆が中にいるという逆転的な構図は、演奏者と聴衆の関係性、音楽における聴衆のあり方に新たな一石を投じることにもなった。演奏者
と聴衆、音楽においてどちらが主体なのか？通常、音楽の演奏において聴衆は演奏者を観察するという構図になるが、この関係性の逆転によって、聴衆は
「ひょっとして観察されているのは私達の方ではないのか？」という疑念にかられるのである。これはあたかも動物園の檻の中にいきなり放り込まれたような、
スリリングな体験だった。音楽において聴者は必ずしも"受け身"であるとは限らない。いやむしろ、聴者こそが音楽の主体なのではないかという事を、あらた
めて確信せざるを得なかった。</p>
<p>もうひとつ面白かったのは、ガラス窓に切り取られた三人の男達の姿が、まるで美術作品のように見えることだった。多くの人が普段聞き慣れているポッ
プミュージックやジャズ、クラシックといった音楽が"動的"だとするならば、彼らの音楽は非常に"静的"である。「window 
music」は、視覚的に時間を表現しているのだ。また、『com+position』がギャラリーを会場に選んでいるのも、そう考えると非常に理にか
なっている。つまり、一見意味不明に見えるすべての事柄が、綿密に考えつくされた音楽的思索に裏打ちされることによって確信的な符合性をもち、巧みに構築
されているのである。なんだこの計算高さは！これは彼らからの挑戦状なのだ。この挑戦状を、もっとたくさんの人に受け取ってもらいたい、そう願わずにはい
られない。</p>
<p>さて冒頭の言葉に話を戻すと、『com+position』に対する人々の反応は真っ二つに分かれ、時に物議を醸し出すだろう。そういうスリリング
でスキャンダラスな要素を、このコンサートシリーズは自ずから内包しているのである。ただ、彼らの音楽を、普段聞きなれた音楽とあまりにもかけ離れている
からといって、「分からない」と即断してしまうことができるだろうか？いや、私にはできない。彼らの音楽は一見難解で前衛的・実験的に感じられるが、私に
はある意味「とても単純な音楽」に感じられる。音楽というものの存在を徹底的に突き詰めて考え、「音」「沈黙」「時間」「構造」などの音楽を構成する様々
な要素を、これ以上ないというまでにそぎ落とされた形で提示することで、「音楽とは何か？」という問いを、文字通り人生をかけて投げかけ続けているのが、
彼らの活動なのである。"こういうのが音楽"という既成概念を一度一切取っ払って、生まれたての赤ん坊のようなまっさらな気持ちで、彼らの演奏を体験して
みて欲しい。まさに、"音を素材とした美術作品を鑑賞するような気持ちで"聴いてみて欲しい。きっとそこから見えてくるものがあるはずだ。理解しようとす
る必要もない。ただ感じればいい。私も全てを理解してはいない。「分からないけど、面白かった」と思う人がいれば、またそれも良いと思う。そしてライブ会
場を出た時、今まで聴きなれた音楽や街の雑踏、全ての音が新鮮な驚きをもって耳に飛び込んでくるのに気付くだろう。今まで当たり前だったものが、当たり前
でなくなる。聴覚だけではない、視覚、嗅覚、皮膚感覚といった全ての感覚が鋭敏に研ぎ澄まされ、今までに感じたことのないような不思議な感覚に陥るだろ
う。我々が普段生きているこの世界が、いかにさまざまな"音"によって満ち溢れているか、その歓びに打ち震えるに違いない。なぜなら、"音"は"生命"そ
のものだからである。それは、彼らがステージで提示する「音」と「沈黙」を感じる濃密な時間を体験して初めて感じられる事柄である。つまり、
『com+position』を体験する前と後で、聴衆の感性は明らかに変わる。それはあたかも、『com+position』というライブそのものがひ
とつのセグメントとなって、聴衆の長い人生の中のある時間を分節しているかのようでもある。</p><p>kinya<br /></p>]]>
        
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    <title>written by Kanichiro Oda</title>
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    <published>2010-07-19T08:29:23Z</published>
    <updated>2010-09-14T06:44:31Z</updated>

    <summary>com+position 主宰のひとり、木下さんからcom+position4 ...</summary>
    <author>
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    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://complusposition.futow.net/">
        <![CDATA[com+position 主宰のひとり、木下さんからcom+position4 のでもいいしcom+position そのもののでもいい 
しなにか感想文書いてよとのことなので頑張って書きます、小田と申します。木下さんのブログの 
com+position１のエントリに、com+position という演奏会の名前の由来として『コンポジションの語源であ 
る「音を共に置く」を強調するため、「+」の記号が挟み込まれています。この語源のように、従来の音楽語 
法を用いた作曲ではなく、音が音楽として聴かれる原理的基盤に立ち返り、アプローチを試みる演奏会なの 
です。』とあるのですが、僕は最初、com+position(という演奏会)とは、音の質感(テクスチャー)重視の傾向(こ 
れを音響派というのでしょうか？)に対する反動としての音の構造(ストラクチャー)重視の傾向なのかしらと 
思っていて、ややもすると、前後関係、因果関係の物語としての構造(展開)にしかならなくて、それは結局 
ある特定の慣習的な音楽の仕組みを利用し利用されているだけじゃないのかなあとも思っていました。でも、 
そもそも音の構造の「ある特定の慣習的な音楽の仕組み」についてすら詳細な知識を持たない僕がどうこう 
いうのはおかしいので、とにかくcom+position でなされる表現に触れてみないことには、という気持ちで毎 
回欠かさず皆勤を続けていたら、だんだん分かってきたことがあります。それはとても簡単なことで、「音が 
音楽として聴かれる原理的基盤」ということを、過去から未来へというような一方向への移動のベクトルで 
捉えると(時間という視点からスタートすると)、物語としての基盤(展開)もしくは(テクノ的な？)機能として 
の基盤(展開)しか見えてきませんが、立ち止まってそこから見えるものをひとつづつ見てみるなど、そのよ 
うな移動を伴わないベクトルで捉えると(空間という視点からスタートすると)、純粋に構造体としての基盤 
が見えてくるように思いました。もちろん、時間と空間はお互いに依存していて切り離せないものですが、 
そのときどちらをベースに考えるかで受け取れるものがかなり違ってきます。また、com+position の面白い 
ところは「(音を)共に置く」ことについての思考と実践であるというベースはありつつも主宰のお三方、江 
崎將史さん、木下和重さん、竹内光輝さんそれぞれに全く違ったアプローチであるということです(当たり前 
かもしれませんが)。江崎さんは原理的基盤→ルール→ゲームという視点で、木下さんは原理的基盤→構造→ 
関係という視点で、竹内さんは原理的基盤→時間→生成という視点で、毎回興味深い楽曲を私たちに届けて 
くれます。とはいっても、これらの僕が捉えることのできたものはそれこそ氷山の一角であって、これから 
どんどん新しい発見や(良い意味での)期待の裏切りがたくさんあると思います。とても楽しみです。<br /><br />小田寛一郎(２７歳・無職)<br />]]>
        
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    <title>written by Kazushige Kinoshita</title>
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    <published>2010-07-19T08:25:20Z</published>
    <updated>2010-09-14T06:44:31Z</updated>

    <summary>４人によって作曲された音楽それは、&quot;音を共に置く&quot;というコンポジションの語源から...</summary>
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        <![CDATA[<b><strong></strong>４人によって作曲された音楽<br />それは、"音を共に置く"という<br />コンポジションの語源から放たれる</b><br /><br />「com+position」（コ
ンポジション）は磯端伸一、江崎將史、木下和重、竹内光輝という４人が、「作曲」という、「音楽が生まれる装置」を制作することによって自らを表現する場
である。 
我々は即興音楽を通じて知り合った。それ以降、即興音楽のライブで何度も共演を重ねた。当然ながら各自の音楽性は異なる。簡単に述べると、磯端は故高柳昌
行氏に師事しており、無調音楽とジャズを背景に持つ。彼の卓越した技術力と理論に裏付けされた深い音楽性には目を見張るものがある。江崎もジャズを背景に
持つ。だが、トランペットを金属の管であると再定義することで、独自の奏法を数多く開発し、独自の音楽性を身につけていった。私は定石通り、いわゆるクラ
シックのヴァイオリンを学んでいたのだが、素材の限界を感じ、弓と弦の接触で起こるヴァイオリン・ノイズという始源的な素材を用いたアプローチの即興演奏
へとシフトした。竹内は作編曲、電子音楽を専門的に学び、演奏を重ねていくうちに現在では主に作曲を中心とした活動を行っている。 
ここで言っておかなければならないことがある。それは、私達が行う即興演奏は毎回メンバーが異なるセッション形式なのではあるが、例えばコードに合わせて
メロディを奏したり、ビートに乗せてそれに合うような演奏を行ったり・・・といったような従来の音楽語法を用いた予定調和的なアンサンブルを指向するもの
ではない。また、身体を用いたパフォーマンス的要素もそこにはない。お互いが共有するのはそのような音楽的語法なのではなく、演奏時間のみである。その演
奏時間は予め決められる場合もあるし、お互いの演奏が終わった時点で決まる場合もある。我々はその時間内において、各自が自分自身の音楽を現出させること
で、予定調和を超えた個々の独立した存在による集合が生まれるのである。ここには、予め聴かれるべきメッセージはなく、聴き手が自らの耳によって解釈し音
楽を作り上げなくてはならない。「聴く」という行為は、作曲行為と同一なものである。 
このような即興音楽を活動のフィールドにしてきた我々が作曲をするとは、どういうことであろうか。いくら即興とはいえ、何も考えずに演奏に臨むものではな
い。各人には問題意識があり、それを演奏によって具体化させるコンセプトが存在するのである。作曲という行為は、その問題意識をより明確にし、一つの完結
したものとして提示する。また、即興ではそのコンセプトが本人のみによって表されるものであったが、作曲することによって、そのコンセプトを演奏者が共有
することもできるのである。ここでの聴き手は、その意図を理解してもいいし、自分なりの聴き方をすることもできる。 
5/11の演奏会は、第1回目であることもあって、各自がそれぞれ4人（または作曲者を除く3人）のために曲を書き、演奏を行う（2回目以降は、ゲストも
入るかもしれない）。それらはテーマに基づいて作曲が行われるのではなく、編成だけが規定されており、あとは各自の任意である。私以外のメンバーがどのよ
うな問題意識を抱えて音楽に取り組んでいるのか、また、それをどのような記譜法によって表してくるのか、今からとても楽しみでならない。]]>
        
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    <title>2009</title>
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    <published>2010-07-19T08:20:56Z</published>
    <updated>2010-11-13T23:02:48Z</updated>

    <summary>November 5, com+position11, common cafe ...</summary>
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        <![CDATA[November 5, com+position<sup>11</sup>, common cafe<br /> Kazushige Kinoshita <b>EXILE vocal</b>, <b>EXILE 
dance</b>, <b>kamae-mas</b>, <b>limb</b>, <b>staccato variation θ</b>]]>
        
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    <title>2008</title>
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    <published>2010-07-19T08:19:09Z</published>
    <updated>2010-11-13T22:59:40Z</updated>

    <summary>March 2, com+position6, chef d&apos;oeuvre Ma...</summary>
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        <name>futow</name>
        
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        <![CDATA[<p>March 2, com+position<sup>6</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki <b>
hotokenoza</b>, Kazushige Kinoshita <b>earsight from window music 2</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>hanarebanareni</b>, Manfred Werder <b>stuck 2004<sup>3</sup></b></p>
<p>April 13, ftarri festival kyoto, urbanguild<br /> Mitsuteru Takeuchi 
<b>coaching (kinoshita kyoukan)</b></p>
<p>April 20, com+position<sup>7</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki
 <b>tomoenage</b>, Kazushige Kinoshita <b>5</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>coaching</b></p>
<p>May 25, com+position<sup>8</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki <b>
shiritori ner.2</b>, Kazushige Kinoshita <b>relative speed:test 1</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>---</b></p>
<p>June 22, segments concert &amp; talk, chef d'oeuvre<br /> Kazushige 
kinoshita <b>[47]</b>, <b>[94]</b>, <b>[1]</b></p>
<p>July 13, com+position<sup>9</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki 
<b>kana</b>, Kazushige Kinoshita <b>5.1</b>, <b>5.2</b>, Mitsuteru Takeuchi 
<b>instruction/deconstruction</b></p>
<p>December 7, com+position<sup>10</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki <b>4'33"</b>, <b>introduce</b>, Kazushige Kinoshita <b>ptp for chef d'oeuvre</b>, 
<b>segments 20081207</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>instruction ii</b>, <b>instruction iii</b></p>]]>
        
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    <title>2007</title>
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    <published>2010-07-19T08:13:11Z</published>
    <updated>2010-11-13T22:54:06Z</updated>

    <summary><![CDATA[May 11,&nbsp;com+position1, fukugan gall...]]></summary>
    <author>
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        <![CDATA[<p>May 11,&nbsp;com+position<sup>1</sup>, fukugan gallery<br /> Shin'ichi Isohata <b>cde and cliche</b>, Masafumi Ezaki <b>unknown</b>, Kazushige Kinoshita <b>staccato for 4p</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>longbow</b></p>
<p>June 28,&nbsp;com+position<sup>2</sup>, cafe-bar pocopen<br /> Masafumi Ezaki <b>othello</b>, Kazushige Kinoshita <b>staccato variation β</b></p>
<p>July 27,&nbsp;com+position<sup>3</sup>, futuro<br /> Masafumi Ezaki, Kazushige Kinosita, guest: Toshihiro Koike and Taku Unami</p>
<p>October 7,&nbsp;com+position<sup>4</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki <b>kemari</b>, Kazushige Kinoshita <b>abundance</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>four 
persons</b>, guest: Takefumi Naoshima <b>four positions of four ii</b></p>
<p>December 9,&nbsp;com+position<sup>5</sup>, chef d'oeuvre<br /> Masafumi Ezaki <b>3 minutes</b>, Kazushige Kinoshita <b>window music</b>, Mitsuteru Takeuchi <b>known/unknown</b></p>]]>
        
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    <title>about</title>
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    <published>2010-07-19T08:00:18Z</published>
    <updated>2010-09-14T06:44:31Z</updated>

    <summary>                                        ...</summary>
    <author>
        <name>futow</name>
        
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        <![CDATA[<div class="regular">
                            
                            <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="about.JPG" src="http://complusposition.futow.net/about.JPG" class="mt-image-none" style="" width="448" height="299" /></span><p>com+position is a concert&nbsp;series of the 
composition piece.</p>
<li>Masafumi Ezaki (composition / trumpet)</li>
<li>Kazushige Kinoshita (composition / violin)</li>
<li>Mitsuteru Takeuchi (composition / flute)</li>
                        </div>]]>
        
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